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有限会社ナスカ一級建築士事務所
162-0052 東京都新宿区戸山3-15-1 日本駐車ビル4F
T 03-5272-4808 F 03-5272-4021

やなせたかし記念館 詩とメルヘン絵本館Poem & Fairy Tale Gallery

高知県香美市香北町

設計 古谷誠章+NASCA
用途 美術館
構造 W
規模 地上2/地下1
敷地 835㎡
延床 458.4㎡
竣工 1998.07
受賞 1999年 日本建築家協会新人賞、2000年 日本建築学会作品選奨 、2003年 公共建築賞
掲載 新建築1998.11、GA JAPAN35

1996年に峻工したアンパンマンミュージアムの別館の増築である。作者のやなせたかしさんが編集、発行する月刊誌「詩とメルヘン」の表紙の原画を主に版示する。国道に面したミュージアム前の広場には、香北町のプールやホテル、さらには老人保健施設なども建ち並び、さらには農産物などを売る市なども立って、街の老若男女の集まる核として、にぎやかな一帯とな っ ている。この絵本館の敷地はそこから一歩奥のほうに引きこもっていて、すこし落ちつきのある山裾に位置している。背後にあるこんもりした帽子のような山の形が当初から気に入っていて、配置の相談をもちかけられたとき、僕はすぐさまこの場所を推薦した。山とその裾にある竹林、これらと引き立て合えるような造形を心がけた。建築が景観を壊すものでもなく、建築が周囲に潜り込むのでもなく、相乗的に働かせたい。建築をつくるとは、その土地がもつ眼に見えない価値を、ひとの眼に見えるようにする仕事だと考える。高知県は周知の通り林業県で、スギやヒノキの森林資源は豊富である。むしろ次々と伐期を迎える資源に対してそれを使いこなす需要の方が足りない。ここでは当初から木造で計画しようと考えていた。しかし単年度で設計や工事を行う公共施設では、なかなか適切な木材の調達が難しい。今回の場合には、まずやなせさんが個人的に建物を建て、完成してから町に寄贈するという方法が採られたので、工事発注に先立って必要な杉材を手配し、伐採地での葉枯らし乾燥などの措置を講ずることができた。ついでながら設計者の選定や、施工者の選定も非常にスムーズで、続けて 2 件の設計の依頼を受けたことが建築家にとって非常に光栄なことであると同時に、一連の町並みを形成する2階を関連づけることにより、単体の建築のもつ力を相乗的に高められるという点でもきわめて幸運だった。藤江和子さんにも、その相乗に一役買ってもらうことを期待して、あえて彼女の初のチャレンジとなる階段のデザインを依頼した。しかしただの階段ではない。人の上り下りにも使えるが、本を読むために腰をおろすこともできる。だからやっぱりベンチでもある。展示室に置いてあるスツールも、絵を見てひと休みする人もあれば、雑誌を手にとって読む人もある。ここが美術館であるのか、図書館であるのか、実は誰にもわからない。来館した人が無意識の内に決めている。使い途が多様であって、これからも人びとに発見されるものでありたい。建築の空間は人が使うことによってはじめて有意味化する。
建築は人にそれまではなかった視点や、立つ位置を与えるものでもある。
床に上がることによって広がる視界をとらえ、風に吹かれ、開口が欠き取られることによって景色が与えられ、また人が立ち入ることができ、あるいはフィルターが建て込まれることによって不必要な何かが遮断される。建築は人を初めての風景に引き合わせるものである。この建築全体の、何かが透けて何かが閉ざされている半透明な状態の中を、周囲の森の散歩のように逍遙する楽しみをもたらしたい。

撮影 松岡 満男